御木本幸吉

1858年
御木本幸吉(みきもとこうきち)三重県鳥羽市に生まれる。

1888年
神明浦弁天島付近で、アコヤ貝の培養に着手。

1893年
養殖真珠を発明。
多徳島に養殖場を開設。

1899年
三木本真珠店を東京の銀座に開店。

1908年
真円真珠の特許を得る。

1924年
貴族院議員に勅選(ちょくせん)される。

1927年
ウエストオレンジにて発明王エジソンと会見。

1951年
天皇陛下多徳に行幸、拝謁(はいえつ)の栄を賜る。

1954年
皇后陛下多徳に行啓。

1954年
96才にて死去。勲一等に叙せられる。

御木本真珠島の資料より

御木本幸吉

「自分は毎日世界を飛び回っている」と、地球儀をいつもそばに置いていた御木本幸吉。
96年の生涯の中で、示唆に富む言葉やエピソードを数多く残しています。


【御木本幸吉 語録】

「世界中の女性の首を真珠でしめてごらんにいれます」

「ご婦人の病気なら、真珠の首飾りでたちどころに治るようです」

「俺は毎日3回世界中を飛び回っているのだ」

「悪い案の出せないヤツに良い案が出せるか」

御木本真珠島の資料より


個性的でユニークです。
やはり成功する人はどこか違いますね!

御木本幸吉

鳥羽のうどん屋「阿波幸(あわこう)」の長男として誕生した御木本幸吉は、さまざまな商売を経験するなかで、志摩の名産だった“真珠の魅力”に着目しました。

当初は真珠貝の増殖、やがて真珠そのものの養殖へと試行錯誤や失敗を繰り返しながら御木本幸吉は夢の実現に邁進します。
それは自分の作った真珠で世界中の女性を美しく飾る事でした。

銀座に店を構え事業を拡大する一方で、御木本幸吉は故郷伊勢志摩に惜しみない愛情をそそいでいます。
事あるたびに御木本幸吉は、賓客を志摩の自宅や真珠島に招き、真珠の魅力とともに伊勢志摩の美しい景観を広く紹介しました。
日本中を公園にしたい、という御木本幸吉の願いは戦後『伊勢志摩国立公園』として実現します。

日本の真珠産業を築いた人物として、そしてさまざまな逸話に見られる個性豊かな人物として、御木本幸吉の生涯はいつまでも語り継がれる事でしょう。

御木本真珠島の資料より